Powered By 画RSS

>近況・駄文等 その他

解離性障害について考える。精神病と闘い・克服するため自分ができることは何なのか

ここ最近考える精神病の一つ、解離性障害について。
単なる独り言レベルではありますが、これからの記録を残していくため、これからどのように物事が進んでいくのかを文章として残していきたいと思います。
タイトルにも挙げている精神病の一つ「解離性障害(Dissociative Disorders)」。
この病気は、自分が自分であるという感覚が失われている状態を指しており、まるでカプセルの中にいるような感覚で現実感が無かったり、ある時期の記憶が全く無かったり、いつの間にか自分の知らない場所にいる等が"日常的に"起こってしまい、生活面での様々な支障、そして社会的問題に大きく影響してしまう病気のことを言います。

この障害を発症する人のほとんどが、幼児期から児童期に強い精神的なストレスを受けているとのことで、そのストレスの一般的な要素として、「学校や家族間のいじめ等」「児童虐待や精神障害者虐待といったネグレクト」「家族や周囲による情緒的、身体的・精神的・性的虐待」「家族の死」「親が子供を支配してしまう自己表現を損なわせる抑圧的な行為」が大きなポイントとなっています。

スポンサーリンク

ところで、なぜこのような精神障害について取り上げるようになったかというと、これは私自身がこの障害を持っているのではなく、「私が大事とするヒト」が解離性障害を持っているわけで、今後この障害と向き合いながら生きていくと誓い、本当にこの障害を克服することができるのか、過去の事例を参考に本当にこの病気を抑えることができるのか。何も情報が無いところからスタートすることとなります。
この病気は、決して生半可なものではなく、今後大切なヒトと向き合っていくための大事なステップアップであって、この悩みを抱える人たちが、何かしらの参考になればと思い、これからの記録を残していきたいと考えています。

簡単に言えば、この障害を持つ人は、自分とは知らない様々な人格が内に潜んでいて、自身には無い意思・性格・感情を持つ人格が本来そのヒトの人格を抑えつけ、その人格を登場させる厄介なものになります。
ただ、私自身がそういった障害を持っているわけではないので、本当にそういったことが起こるのかはわかりません。だけど、そのヒトと向き合う以上、そのヒトを信じ、そのヒトを大切に大事にし、支えていかなければなりません。そのヒトとの信頼関係が成り立たなければ、その人格と向き合うことはできませんが、その人格は「いつ」「どこで」「どういうときに」出てくるのか全く読めません。

その人格が出てくれば、そのヒト本来の人格は抑制され、自身の体力と精神を蝕み、そのヒトをつぶしにかかることも十分に有り得ます。
私は、そのヒトが"そういったこと"にならないように、その人格が登場するにはどうしたら良いのか、どうしたら話し合うことができるのかを考え、そのヒトの日常生活を守り続けることになります。
それは決して生半可な覚悟では成り立ちませんし、それだけの準備と時間を要することになることは承知しています。
ときとして、当ブログ「Creative Trend」にて生々しい内容を記載することがあるかと思います。あくまでもこのブログサイトは自動車関連サイトではあるものの、今後は自身の近況や生活なども取り上げいてくわけですが、このサイトにも自身とそのヒトの記録を残すことで、この解離性障害について悩みに悩む人々の支え、きっかけづくり等、少しでも役に立つのであれば記載していきたいと思います。

にほんブログ村 車ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 車ブログ 車情報へ
にほんブログ村

->近況・駄文等, その他
-, , ,