【時速268kmの凄惨】ポルシェ911GT2 RSでの死亡事故から5年。彦田嘉之 被告が「危険運転致死」を否認も、「ドラレコ証拠隠滅」や「爆弾事故で指を失う」過去報道が波紋
2020年8月の首都高・湾岸線での事故から5年が経過するのか…
2020年8月、神奈川県は首都高速道路・湾岸線にて、ポルシェ911GT2 RSが268km/hで走行し、そのままブレーキすることなく前方を走行していたトヨタbBに追突する大事故が起きました。
この事故により、bBを運転していた内山仁さん (当時70歳)と、助手席に乗っていた妻の美由紀さん (当時63歳)が死亡するという、何とも凄惨な事故でした。
この事故から約5年が経過した2025年11月、当時ポルシェ911GT2 RSを運転していた彦田嘉之 被告 (55歳)は、隣から車線変更しようとしたトラックの走行を妨げる目的で、時速およそ200km~268kmで運転して近づき、トラックをかわして自ら車線変更したあとに、前の乗用車(bB)に追突して、内山さんら2人を死亡させたなどの危険運転致死の罪に問われています。
【追記】2026年1月16日の最新情報として、彦田嘉之 被告に対して検察側は、懲役15年を求刑しました。
これまでの裁判で検察側は「彦田被告は猛烈な高速度で走行していた。車線を自分1人の車線であるかのように独占的に走行していた」などと指摘。
彦田被告は起訴内容を否認していて、「隣の車線に割りこむなど妨害目的で走行したというのは考えられません」と話したほか、時速200km/h以上にて911GT2 RSを運転したことは「5、6回ある」「危険性をそれほど強く認識していなかったと思います」などと語っています。
彦田被告「妨害目的で運転した事実はありません」と容疑を否認

こちらが実際の事故現場で、追突されたbBの車内を覗く彦田被告が写っています。
この凄惨な事故から5年が経過した2025年11月25日、横浜地裁にて行われた初公判で、彦田被告は「大幅な速度超過によって大変な事故をおこしてしまい、被害者、そして被害者の遺族に大変申し訳なく思っています。ただ、制御できず進行したことはないし、妨害目的で運転した事実はありません」などと起訴内容を否認。
弁護人も「高速度だったことは事実だが、危険運転致死罪については無罪が成立する」などと述べ、過失運転致死の罪にとどまるとして争う姿勢を示しています。
彦田被告は当初、過失運転致傷の疑いで現行犯逮捕され、事故から2年後の2022年、危険運転致死の罪で起訴されていました。
彦田被告は、危険運転致死の罪以外でも「ドラレコの証拠隠滅」などの疑いも?

今回の争点については、「運転を妨害していたか否か?」についてですが、個人的に気になるのは、事故直後に彦田被告が「追突した車内のドライブレコーダーのSDデータを抜いたのかどうか」ということ。
これは、あくまでもSNSでの情報を集約したものになりますが、当時彦田被告が追突した車内をのぞき込んでいた目的が、事故で亡くなった内山夫妻の安否確認や救護措置ではなく「車内にあったドライブレコーダーのデータを抜き取り、証拠隠滅しようとした」疑いが持たれていました。
その一方で、追突された車両にドライブレコーダーが搭載されていたのかどうか?仮に搭載されていたのであれば、SDデータは抜かれていたのかどうか?なども気になるところですが、この情報に関しては特に進展はないため、単なる噂程度だったのかもしれません。
彦田被告は、「元々危険な運転を繰り返す要注意人物でもあった」と報道

あとは、こちらも個人的に気になっていたのが、彦田被告は「普段から無謀な運転を繰り返していたのかどうか?」という点。
これについては、実は週刊文春も独自に取材して取り上げており、彼が過去にとんでもないことをやらかしていたことも暴露。
具体的には以下の通り。
●小学校六年生のとき、別の裕福な子が持っていた腕時計を盗んで問題になり、それが原因で別の中学校へと転校することになった
●中学校のときに牛乳瓶に花火の火薬を詰めて爆弾を作ろうとしたらしく、失敗して爆発してしまい、手の指が二本吹っ飛んでしまうというとんでもない事故を起こしてしまった
●高校生になって無免許運転を行い、それによって自損事故を起こす事態に
●彦田容疑者を知る遊び仲間の証言によると、彼は決して運転が上手いとは言えず、指が無いことが原因で、ハンドルさばきは決して良くなかった
●過去に彦田被告の父親に購入してもらったメルセデスベンツ(具体的な車種は不明)も、「もし事故を起こしても、頑丈な高級車だから自分の身は大丈夫だ」と説明していた
あくまでも週刊文春の報道なので、どこまでが真実なのかは不明ながらも、仮にこの報道が事実なのであれば、普段から危険な運転を繰り替えしてきた恐れが高そうですし、2020年8月まで、死亡事故を引き起こさなかったことが奇跡だったのかもしれません。


