私の中でレクサスは新型IS500 F SPORT Performanceが「最後のレクサスらしい車」だと思っている。その理由は内外装からトヨタと大きく差別化しているから
レクサスオーナーだからこそ言いたい。現代のレクサスの内外装は「トヨタとの差別化が薄い」
2023年4月に私に納車されて、もうすぐ18か月(1年半)が経過するレクサス新型IS500 F SPORT Performance[FR]。
基本的には私の父の週末乗り用に購入した個体なので、走行距離は5,000kmちょっととほとんど伸びていませんが、それでも最近は高速道路やワインディングを中心に走らせることが多く、納車されて2回目の冬を迎えることになるため、しばらくの間はガレージから出ることはないと予想されます。
そこで今回、IS500 F SPORT Performanceにてワインディングを走らせつつ、お気に入りのスポットにて撮影しながら「第3世代のIS500 F SPORT Performanceの内外装」と「現代のレクサス」について色々と思っていることをお伝えしていきたいと思います。
※あくまでも複数台所有してきたオーナー個人の感想であり、独断と偏見まみれの内容なので不快に思われる方はスキップしてください
ようやく世間に馴染んできたスピンドルグリル
まずはレクサスのアイコンともいえるデザイン意匠のスピンドルグリル。
このスピンドルグリルが誕生したのは、今は既に廃盤となっている2012年モデルのGSからスタート。
このグリルが採用された背景には、「効率よく空気を取り込むこと」が目的になっているのですが、そもそもスピンドルグリルの先駆けとなっている台形グリルは、2007年に登場したハイパフォーマンスモデルのIS F。
あの大排気量5.0L V型8気筒自然吸気エンジンを冷却するため、フロントバンパーのアンダーグリルを左右に広げることから、スピンドルグリルの発端と言われました。
スピンドルグリルが登場した12年…徐々にスピンドルのデザインに変化が
今思うと、こうしたスピンドルグリルが長らく現代のレクサスモデルに受け継がれるようになって早12年(まさかの1回りですが…)。
当初は批判の嵐だったスピンドルグリルですが、今ではようやく馴染みあるデザイン言語の一つとなり「スピンドルグリル=レクサス」というイメージが定着するほどとなりました。
しかしながら、そのスピンドルグリルも終焉を迎えようとしていて、現行RXのスピンドルボディに始まり、その後のLM500hやLBXのようなユニファイドスピンドルへと変化を遂げ、徐々に時代の変化と共にデザインの変化を目の当たりにすることに。
多くの批判から受け止めてアップデートしてきたからこそ、今のスピンドルグリルがある
デザインの変化に関しては、時代と共に変わっていくものなので特に不満に思っているわけではないのですが、あくまでも個人的な感想として、「また一つレクサスの象徴であり、見た目からの最たる特徴が失われるのか…」と思うと、残念であり寂しく思ってしまうんです。
正直、フロントグリルが大口化すること自体が「下品」と酷評されていましたし、その代表格といえるスピンドルグリルがカッコいいと言われる日が来るまで時間もかかりましたし、批判を真摯に受け止めながらも洗練せれてきた結果が、現行のISシリーズへと反映されたと思うんですね。
私の中では、レクサスISこそラインナップモデルで最もアグレッシブでカッコいいフロントマスクへと変化したと思っていて、このデザインがいつか変化してしまうことを考えると、今あるIS500を大事に持ち続けなければ…と想いが強くなっていくんですね。
スピンドルグリルに合わせて、ISのヘッドライト意匠は圧倒的にカッコ良くてアグレッシブ
そして個人的に「レクサス、よくぞやってくれた!」と高く評価したいのが現行ISのヘッドライト意匠。
ISのヘッドライトは、他のラインナップモデルのようにアダプティブハイビームシステム[AHS]が採用されておらず、その理由が「薄型の軽量ライトユニットを使用する関係でAHSが搭載できなかったから」。
つまり、レクサスは車両の重心から離れたポイントに重量物を置くことを嫌っていることから、ISのようなスポーツセダンや、同じくAHSを搭載しないスポーツクーペのLCも、重量のあるAHSを敢えて搭載せず、単純且つ軽量なオートハイビーム[AHD]に留めたのだと予想されます。
ただ今となっては、AHSではなくシンプルなオートハイビームを採用していなかったら、ここまでアグレッシブなヘッドライト意匠にはならなかったかもしれないですし、そもそもヘッドライトの上部にアロー型のL字LEDデイライトすらも採用されていなかったかもしれないんですよね。
そう考えると、現行ISは先進装備をアップデートさせることが”必ずしも正解ではない”ことを証明していて、装備は最小限にし、それよりもカッコ良さを優先してくれたことが、現代のレクサスでは考えられない賢明な判断だったと思っています。